補13.怪石

補13.  怪石


太湖石が入手出来た。

太湖石を見出したと云われている中唐の詩人白居易、太湖石の運搬のために多くの人民を徴用し邪魔な民家や橋を壊してよいとし国民の反乱・国の滅亡を招いた北宋の徽宗皇帝、石の美的鑑賞法を確立した北宋末の文学者・書家・画家・収蔵家・鑑賞家の米芾(べいふつ)等、古典、書画に出てくる鑑賞石の殆どが太湖石であり、米芾拝石の図などはあまりにも有名である。

以上の様に太湖石は怪石の代表的なものであるが、造園に用いられる大きな石が殆どで、机上鑑賞に適するものは非常に稀であり、有っても殆ど人の手が入っている。

今回入手出来た太湖石は包漿で時代を経たものである上に、小型でありながら人の手が加えられていない全くの生で、且つ米芾の美的鑑賞法から見ても完璧な品である。

今まで書籍を中国や台湾から取り寄せたり、石を求めて中国旅行をしたりして、英石、霊壁石など収蔵しているが、今回求めた太湖石に比べると、ただの石という感じすら受ける。石だけでなく趣味の上から種々の品を集め、終いには日本刀まで入手したが、それらすべての品が光を失った気がする。

古人が太湖石に熱中した理由が初めて分かった気がした。
《2016/9/24》

雅号を遊雲とした時の歌をもとにして石銘を游雲とした。

世のうみ(湖)で 浮かぶこと無きいしくれ(石塊)も 今は自在の あそびくも(遊雲)かな。





新しい怪石が入手出来た。

時代桐箱には唐石と墨書され、唐木漆塗りの台座が付随している。

唐石と云うのは、所謂唐物と同じで唐時代を意味するのでなく、昔の中国の産を意味する。

この事はわが国ではほぼ常識と云えるが、中国ではそうでなく、我が国に渡来し唐石と箱書きの有る怪石を紹介するのに、又貯石木箱書題“唐石如来像”。按唐猶言中華、非唐代之謂也。(中華古奇石 p.190)とわざわざ断わりを入れている。

 

怪石の評価基準

北宋末の米芾(べいふつ)は過去の文献や収集品と彼自身の審美眼から石の美的鑑賞法を確立した。

彼は石の鑑賞において最も重要なのは痩、皺、漏、透の4つであると考えた。

この4つの基準は、とりわけ太湖石において今日でも鑑定家に用いられている。

痩:細を意味する。そして石に関しては高雅な、すらりとした単独直立を意味する。

皺:しわを意味する。そしてきめ豊かで、繊細に窪んだ線で出来た溝、形状にリズムと変化を与えるおだやかな隆起線を指す。これ等によって小さい石が山岳や山脈の地形の特徴を体現する事が出来る。

漏:起伏する曲線もめりはりがあって、洞窟のようにも見え、それが深い事を意味する。

透:穴と開放部を意味する。風と月光がこの開放部を通り抜ける事が出来る。

以上の語義は、時代・人によって異なる。

 

中国三大名石の霊壁石、英石、太湖石は何れも石灰岩に属する。随って、表面が浸食によって複雑な形状を示し、所謂怪石となる。無論その生成場所が異なる事や組成の違いによりその形状も異なる。

 

霊壁石:安徽省宿州市霊壁県の磬石山の赤泥の中深くに埋もれている。輪郭が穏やかで自然に形を成し、切削や彫刻を必要としない。歴代の開採で現在では精品が非常に少なく、昨今得られるのは白線が多数みられるのや白い部分が多くを占めるもので形状もぼってりした山形のものが多い。これら新霊壁石と古霊壁石はあたかも別の種類の様に見える。大きさは中か小、色は黒色が主である。
前述の怪石の基準には一致しない。

 

英石:広東省北江中流に位置する英徳山間に産する。山石は浸食風化を受けやすく嶙峋・褶皺の態を形成する。加えて日照・雨水が豊富で、暑さ寒さが激しいので、山石は山谷に崩落し易く、時を経て酸性土壌腐蝕の後、うつろや玲瓏の態を呈する。英石の輪郭は変化が大きく、褶皺が深密で山石中“皺”の表現に突出している。大きな石山からの崩落によるため、一般に正反面の区別が明顯で、正面は凹凸多変、石山との剥離面に当たる裏面は平坦無奇である。またしばしば明瞭な鋸や鑿で切断した痕跡が示されている。大きさは中か小、色は黒色が主である。
前述の怪石の基準に一致するのが多いが、底を切断しなければ怪石に仕立てることが出来ない。。

杭州苗圃の英石“皺雲峰”は、痩と皺を具えた代表的な石である。

 

太湖石:蘇州府太湖に産し、湖水の浸食によって多くの穴が開き、複雑な形を形成した。大きさは大、色は白が主である。
前述の基準に合うものが多いが殆どの石が大きく造園に用いられ、机上や室内に用いられる小型のは稀である。
また小型のは人の手が加えられて加えられているのが殆どである。

上海豫園の太湖石“玉玲瓏”は、漏と透を具えた代表的な石である。

 

入手した唐石は、人工の手が加えられていない事や正反面の区別が無い事から古霊壁石に酷似しているが、痩・皺・透を具えている事から古英石にも似ている。実際、包漿で時代を経た此の2種類の石には判別しがたい物がある。

古来茶人が敢えて産地・時代を調べず、単に唐物や南蛮などとした様に、箱書き通り唐石のままとする事にした。

 

なお、中国には金には価値が有るが石には無いという言葉がある。どの様な名石でもどこかに転がっていた物で、その上少しでも人の手が入ると却って価値が下がるのだから、当然の事と言える。ただ石が最も鑑賞に適する様に台座には工夫を凝らし、良い石には必ずと言っていいくらい良い台座が付随する。

 

色んな品を求めてきたが最終的に最も気に入ったのが無価値な物であり、その事に喜びを感じられる様になった事が嬉しい。

如何に精微を重ねた技巧とか逆に無作為の美とか云っても、所詮は人工の美で天工の美に敵う筈が無いのである。

 

唐石を入手してから書物などで調べた結果、以前から所有していた怪石は、中国三大名石の一つの英石(英徳石)である事が分かった。

わが国の関連書物は極めて少なくネットで取り寄せた。台湾から取り寄せた本は、代金を振り込んだ2日後の午前中に届いてあまりの速さに驚いたが、中国からは、8日後の午後2時過ぎだった。

また台湾からの本は、日本で現在使われているのとほぼ同じ漢字(繁体字)だったが、中国のは簡体字で読むのに苦労した。

‘供石観’は、英語と中国語が併記されているので、対比して読むと楽だった。

私の様にどちらも苦手という人にお勧めの本だ。

 

参考文献

中華古奇石 上海古籍出版社

供石観 Kemin Hu L.H.Inc.

奇石賞玩 上海人民美術出版社

中国英徳石 頼展將 編著

 

デパートの総売り上げはネットとあまり変わらないとか、東京有楽町の西武、京都河原町の阪急、大阪心斎橋のそごう等一等地のデパートの閉鎖が続いているのも納得できる。書店も閉めるところが多いとか聞くが、確かに趣味の多様化というか上記の本なども買う人は、国内では私以外に一人もいないと思うし、当然の事ながらわが国の書店には置いていない。

歩いて10分程の所に大型書店が有り、多くの人が椅子に座って立ち読み?をしているが、其処には購入したい本どころか、無料でも読みたい本が無いし、本の出入りが激しいので出版後十年程度の本が棚に有る事は先ず無い。

大体の好みを云うと適当な本が多数提示されるので、内外のネット書店に依る事の方がはるかに多い。

中小の書店が在庫の多種多量化に耐えられず閉店したように、大型書店といえども同じ理由で閉店を余儀なくされる様になると思うと少し寂しい気がする。

 

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